< このブログの通奏低音 - Basso Continuo dieses Blogs >

このブログをご覧の皆様へ / Anmerkung zu diesem Blog

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ひとの想いにかたちを与える工芸と、ひとの意志にかたちを与える建築。
そこには太古から、デザインを司るコードが存在しました。

Kunsthandwerk verleiht dem Empfunden die Form, und die Architektur dem Willen. Und hier galt seit jeher ein Kodex der Gestaltung.

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ものの造形と素材とは、互いに持ちつ持たれつの関係にあります。
実用品の性能は、用いられる素材の物質的属性に左右されるのですし、芸術作品の表現は、素材の訴える力に大きく依存しているともいえるでしょう。そこでは絶えず、造形の意思と素材の限界との仲裁が必要なのです。そして人の文化史のごく初期の段階で、その「判例集」がすでに造形のコーデックスに結晶し、工匠たちに代々受け継がれてきたのでした。それを乗り越えようとした「近代」、古臭い因習を廃止したのはいいとしても、それが現在にまで続く混乱を招くこととなりました。
Die Gestalt und das Material haben miteinander sehr viel zu tun.
So hängt der praktische Nutzwert der Geräte direkt von der physikalischen Eigenschaft des eingesetzten Materials ab, und künstlerische Aussage sehr oft von der Aura der Stofflichkeit. Stetig mühte man sich die Grenze der Machbaren auszuloten. Und schon früh haben sich die Erfahrungen zu einem Kodex der Gestaltung herauskristallisiert, was unter Handwerkern über Generationen  die Gültigkeit besaß. Die "Moderne" jedoch wollte dies überwinden, schaffte ihn ab, und trug zur Konfusion bei, die sich bis zur Gegenwart andauert.

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ブログのトップに、これから取り扱おうとする内容と関連してくる図版を無差別に並べてみました。インテリアから家具、水差しといった什器から武器、そしてファッションから建築に至るまで、世の中は機能と美のきわどいバランスの上に成り立っていますが、それは人の工夫と技巧に支えられているのです。
Eine Reihe von Bildern ist ohne besonderen Kriterien gewählt, und am Anfang des Blogs platziert. Von Möbeln und Interieur, Gerätschaft wie Kanne oder Waffen, und von Fashion bis hin zur Architektur, die Welt ist voll von Dingen, die die Balanceakt mit der Schönheit und der Funktion vorführen, eine Errungenschaft vom Tüftlergeist und Können.

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このブログではそういった事象を踏まえつつ、「もの」の成り立ちについて考え直してみたいと思います。工匠たちの作法を支えている思考を、近代を克服するための新たな可能性として再発見すること。
いま我々に必要なのは既成の概念に固執することではなく、それを糺し、そして正すことなのではないでしょうか。それは、工芸と建築の分野に止まるものではないはずです。
Von dieser Sicht der Dinge ausgehend versucht dieses Blog mit voreilig verworfenen Wertigkeiten zu befassen. Die über Generationen gültig gebliebenen Manieren des Handwerkes zum Ursprung zu verfolgen, und als Instrument zur Überwindung der Moderne neu zu entdecken.
Was wir brauchen ist, nicht das Gängige zu verteidigen, sondern es zu hinterfragen und zu berichtigen.
Dass dieser Ansatz nicht allein dem Handwerk und der Architektur vorbehalten sein soll, versteht sich von selbst.

<Der Autor fügte versuchsweise die Übersetzung auf Deutsch hinzu, um Grundgedanke dieses Blogs zu erläutern. Es wäre schön, wenn Sie etwas davon an Werken des Autors merken würden. Ein Klick an Thum-Nail-Photos rechts unten führt Sie zu jeweiligen Projekten. Keine Angst, dort wartet die Projektbeschreibung auf Deutsch!>



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2010年7月15日

B-10 ラビリントに処するということ

先の2章ではF.L.ライトをとりあげましたが、大量生産される建築パーツ(鋳鉄のコラムなど)の広告の必要性と利害が一致して、19世紀に建築・建設の雑誌が広汎に普及し、20世紀初頭の「プリモダン」期には、今日にも似たラビリント的状況が存在していたことを指摘しました。しかし筆者の関心事は、そのラビリントに出口を探すことではありません。そこに飛び込んで、不確かな情報からなるスモッグを拭うことでもありません。それもこれもが、人間の知的活動について廻る避けられない一側面なのですし、その根源たる灰色の器官、それ自体がラビリントなのですから。

そうではなくて、その中で立ち止まったり右往左往したときに指針となり得るものの存在、それを読者の皆様にお伝えするところにあります。そのベクトルの方向はまったく逆を向いているとはいうものの、建築意匠業界は、近年の最先端技術の研究にも似てナノレベルの研究に「成果」を上げ、ラビリントはフラクタルに増殖しつづけることでしょう。建築を知識として楽しむ「通」と職業的研究者たちのエルドラド。そういうなかで建築は、本来ならばそれが担っても構わない社会における役割に目を向けることなく、ライフスタイル的現象としての立場に甘んじているようです。
なにも考えないで状況に従う、というのがひとつ。でもそれでは、意匠というものが単なる計画学に矮小化されてしまいます。すべてに懐疑的であろうとすること、それは停滞を意味します。器用に思いつくまま「デザイン」すること、それは天才でない限りいつか枯渇します。できることはただ一つ、建築史を建物の歴史ではなく、時代との葛藤を意匠にアウトプットした建築家の歴史として、新しくし発見し直すこと。そういう観点からすると、最も大きな変遷に直面したのは19世紀の建築家だった、といえるでしょう。考古学が過去のミトスを暴き、工学などの実学が進行中の産業革命を加速させ、生産システムの変遷が社会問題を引き起こして未来に影を投げかけた19世紀。

無関心、頬かむり、反逆といった反応が一般的だった時代の真っ只中でゼムパーは、時代を越えた過去への考証によって、時代を超えて未来に有効であるべき造形の普遍的な法則性を模索したのでした。美術史のプロの視点からすると批判されるべき点も少なくないその考察、しかし建築をする者たる我々は、それがウィーンの近代建築に果たした役割と、建築の発想の現場で示すポテンシャルを理解すべきなのです。地球規模でのナビゲーションを可能にするGPS - Global Positioning System。それに倣って言うならば、ゼムパーの「思考の道具」は建築のラビリントにおけるAPS - Architectural Positioning System として機能するのです。ニュートンの古典力学が物理の領域で果たす役割に比したとしても、大きな間違いではないでしょう。おまけに、その道具の使い方に通じていれば、日々の課題において「画龍点睛」的発想(思いつき的な奔放さでなくて理に適ったもの)がひらめくことが期待できる、という副作用さえあるのです。

「シンケル → ゼムパー → ワーグナー」という建築の系譜がよく口にされますが、それは彼らの、建築の機能的側面とそれを支える技術に目を注ぐという、共通点において理に適っています。でもそれは具体的に、どういう様相として認識できるのでしょうか。
19世紀の建築家は様式を纏ったとはいえ、当然のことながら「建築」をしていたのだということ、それを実例に確認しておきましょう。

カール・フリードリッヒ・シンケル

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フリードリッヒ大王がポツダムに設営したサン・スーシー宮殿の広大な庭園の一角、そこに大王の甥の孫が王として普請した古代ローマにちなんだ浴場(römishe Bäder)の離れのパビリオンです。一般に「古典主義」として片付けられるシンケルですが、それは研ぎ澄まされたプロポーションの古典性という意味において理に適っています。というのも、ここにあるのは一般に通用していた装飾としての「様式」とは全く無縁な、美のカノンにまで削ぎ落とされた神殿の姿だからです。皆様がきっとご存知の、ウィーンにあるロースの「マンツ書店」のファサード。そこでロースが暗示するキャピタルまで、90年も待たねばならなかったこと、改めて驚かされます。

Schinkel_pavillon_rombad_3_rosett_2

Schinkel_pavillon_rombad_4_griff

そしてそこにはもう一つ、建築家が造形に関して巡らせる、時代を超えた考察が見て取れます。柱間に張られたガラスのファサード、そこにある二つの円形の金物に注目してください。近くで見ると、それが開閉のための取っ手と錠を納めるための座金(ロゼッタ)だと分かります。扉の高さとプロポーションそして方立ての細さから、それがきわどい作業であることも判ります。そしてその、今でも狂いなく機能する190年前の細工を見て、当時の工匠の腕の確かさに感嘆します。
「歴史主義」というのはあくまでレッテルであって、「建築」はいつの時代においても行われていたのでした。バロック建築が実践してみせた光の効果、それは谷崎潤一郎が『陰翳礼賛』で強調した日本独特の暗さのグラデュエーションにも似て、ガラスのインフレがもたらした近代においてこそ再発見されるべき価値なのです。

ゴットフリード・ゼムパー

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ウィーンの環状道路沿いに竣工した諸建築で知られるゼムパーは、それと並行して1870年代に帝室歌劇場の「舞台装置収蔵庫(Semperdepot)」を手がけました。彼は通史では「ネオ・ルネッサンス主義」の建築家、そういう観点からするとこの建物は配属が難しく、20世紀末にウィーンブームが起こるまで、知る人も多くはありませんでした。三角形の変形敷地のうえに倉庫という大空間の実用建築、ゼムパーは時のテーマたる鉄骨構造に立ち向かったのでした(リンクをクリックして上の空欄に Lehargasse 6-8 をペーストしてください。"Luftbilder"でサイトの航空写真が表示されます)。彼のウィーン時代は協力建築家ハーゼナウアーとの軋轢が絶えず、それがラビリントの形成につながっていますが、ゼムパーの思考が独自の構造解とパーツの造形に結びついていること、その論を踏まえて見る者にとって建築構想の著作は明らかです。

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Semperdepot_construction_plan

 






オットー・ワグナー

壮年期にアカデミーの教授に就任するまでの彼は、歴史主義的外観をもつ集合住宅を市街地に複数設計して経営する、ウィーンの典型的なタイプの建築家でした。その後も、ユーゲントシュティルのマジョリカハウスや、ブルノの機能主義建築の範となるノイシュティフトガッセのアパートなどを自身が施主として建設。それはしかし、時代の先端を走るという不興を買う作業を続けるための、条件でもありました。

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ワグナーが一世代上のゼムパーから引き継いだことは多くありますが、ここでは彼のシュタインホフの教会の説教台にすこし触れましょう。この教会の設計に際し、与条件に応じて多くの機能上の提案がなされたことはご存知のとおりですが、ここの説教台は伝統的な空中に浮いたそれではなく、支柱を伴なっています。福音を告げ説教をするこの場は、ミサにおいて中心的な役割を担うことになりますから、どこの教会でも工夫が凝らされます。
造形上のモティーフとして、神の言葉を告げる場としての「軽さ」を強調することが挙げられるでしょうが、村の古い教会に見られる木製の壁掛け型の説教台は、空中に浮いていて天使が舞っているとはいえ、お世辞にも軽いとはいえません。それを逆手にとってワグナーは、軽い架台のうえに独立した「座」としてしつらえます。ゼムパーのいう「支持するものと支持されるものとの分節」というテーゼが、造形のみならず内容的にも昇華された優れた例の一つです。そして上にのせられた「かご」。それはゼムパーの粋(エッセンス)なのですが、残念ながら一口にはご説明できません。それにしても、「編み」をアーティキュレートするワグナーの装飾エレメント、その適切さは秀逸です。

ほかにも、例えばスロベニアのヨーゼフ・プレチュニックの仕事、彼の造形は99%ゼムパーの理論の「もの」への翻訳で、その理論の適用の幅広さと時代を超えた有効性を、彼は自作にデモンストレーションすることを使命としたのでした。
そしてアドルフ・ロース。彼のミヒャエラ広場に建ついわゆる「ロースハウス」の柱列には、ゼムパーを踏まえて「それではこれはどう?」と、その論を一段進めた造形を問っているように感じます。
そしてそれが、ブルノの機能主義建築(本ブログB-4章参照)にみられる「ゆとり」のようなものにつながるということ。

ラビリントは、実際にものを見て自分の印象を信じ、それを大切にしながら考え続けることで克服できます。その「考える続ける」ということを可能にするのが、ゼムパーの「思考の道具」に他なりません。
それが正しいか正しくないか、それは当面のところ問題ではありません。考えるためにまず必要なのは、ものを測ってそれらの相対的な位置付けを可能にするための定規なのですから。

歴史はうずうずしながら、新しく発見されることを待っているのです。



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